プロフィール

ikuya’s プロフィール

岡山出身、東京都在住。 くらしき作陽大学 音楽学部を卒業後は岡山市にて音楽教室、ライブハウスを運営。東京ではライブセッションのホスト等を務める。コロナの逆境の中、芸術を絶やさない・伝える為に配信事業を始める。多くのアーティストや企業、公的機関と共に配信を行い、特に音質へのこだわりは評価を得ている。 音楽家としての一面に加え、機器の豊富な知識を活かし、作曲家、ピアニスト、エンジニア、人材育成、など多方面において活動中。「音楽と配信」を融合させた総合プロデューサーとして芸術の普及に尽力している。
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こんな人

岡山県総社市出身、S62.9.13

小学5年よりピアノを始める。クラシックが嫌になったり、好きな曲しか練習せず、当時から耳コピ等で、JPOPやアニメソング(スタジオジブリ)等を弾いていた。その頃から、オリジナルソングをインターネットに公開したいと思うようになり、WEB制作(HTML)を勉強して、中学の頃、自力でHPを作れるようになる。

ピアノ教室では、こんな自分でもニコニコ色々とレッスンを楽しくしてくれる井上先生が大好きだった。誕生日にも音楽辞典等をもらったりと、本当に音楽愛にあふれた人だった。

しかし、高校に進学したころ、小学生時代にピアノを自分に教えてくれた、井上先生は病によってなくなってしまった。自分の最初の音楽への道を見出してくれた人だけに今でも残念でならない。

中学時代は、1年時、吹奏楽部でクラリネットを2年まで演奏する。小学生時に見に行った総社西中学校の定期演奏会で、ルパン三世のテーマをサックスの男子学生が超カッコよく演奏していたのに、感化され、中学時代はサックスを志望するが、くじ引き&定員でクラリネットを渋々選択。

それでも、クラリネットは、倉敷チボリ公園(今はない)チボリ楽団のクラリネットの演奏家がとてもかっこよくて、感動したのは今でも覚えていてそこからクラリネットを頑張ろうと決意。サックスに未練はありつつも、クラリネットの音色もとても素敵で大好きになった。

しかし、1年の終わるころ、楽譜に弱かった自分は、楽譜苦手&練習をあまりしていないことで、徐々に部活が嫌になってしまい、すこし部活をさぼり気味になる。が、その間もピアノだけは、たくさん練習していて、好きな曲を何時間も弾きまくってた。オリジナルとかも沢山作っていた。

1年の終わりごろ、部室で、ピアノを弾いていたら、先輩に「1年生が、ピアノ弾いてる時間があるんだったら、もっとクラリネット練習したら??」と、言われその時はそう

かと思いつつ、「自由に楽器弾いて何が悪いんだ」と思い、先輩と仲が悪くなる(笑 

まぁ、よく考えれば、サボりがちな一年のクラリネットの男子は、先輩から見ると、なかなか手間のかかるタイプに違いない…

2年になったとき、やはり吹奏楽が嫌になってきて、退部。顧問の先生には何度も止められるが、案外決意は固かったようだ。(笑

つくづく、自分の音楽性はメンタルに左右されつつ、好きなことしかできないタイプだと痛感。

しかし懲りず、授業の合間や音楽の時間にピアノを弾いて友達と騒いでいたところ、総社西中学校の音楽の大山先生に、男声合唱を誘われ、更にはピアニストとしても誘われたので、快諾。大山先生はピアノ弾いていたら「すごいじゃん!素敵」と絶賛。

やはり今思っても、中学時代の恩師は言葉素敵だ。

それから、1日何時間も超絶難しい合唱曲を練習。そして、3年時 合唱コンクールの中国大会にもピアノ伴奏で出場。中学時代の合唱仲間とは今でも、仲のいい友達。合唱コンクールでは、銀賞になり帰りのバスでは、みんな涙を流していた。もちろん、自分も例外ではなく、涙を流していた。自分の中では、最高の演奏で、これのどこが銀賞なのだろうか?と青ざめていて、怒りも来ていた。その当時から、音楽で優越をつけるのが嫌いになった。今でも、あの演奏は、金賞です(笑

中学生時代といえば、夜遅くまで学校で練習したり、自宅で自主練したりと、とにかく音楽ライフ。勉強などまったくせず、ひたすら音楽を楽しんでいた。

合唱の地域演奏会の際、近所の方が、井上陽水の少年時代を歌った際、涙を流されていたのが今でも、良い思い出。音楽でここまで人の心を動かすことができるのかと感動した。

中学は、卒業式の際、みんなと話しを合わせて、退場前に勝手にピアノ演奏はじめて大合唱をするというのもやった。(笑

後から考えると、勝手に式の流れを変えて、アドリブを噛ましてくる中学生とはなかなかすごいと思う。

それから、岡山県作陽高等学校に進学。ここでは、中学時代からやり取りをしていた、岡田教授に憧れて、作陽高校に進学したいと思っていた。が、作陽高校は荒れ果てた高校でもあって、新入生歓迎セレモニーは途中で退席してしまうほどの、ハチャメチャぶりだった。まぁ、その中に自分も居たのは、今思えばふざけた学生だなぁと反省している。

高校時代も勉強などせず、音楽ができる高校だったため、ひたすら音楽活動をしていた。といっても、友達とバンドをするくらいのお遊びで、音楽やってるとは言い難いレベルではあった。そんな中でも、割と最低限の単位だけは取りつつ、卒業したので、比較的要領の良いタイプだったんだと思う。その当時一緒につるんでた前田君とは、今でもバンドしたりするくらい仲が良い。

しばらくYAMAHA プレイヤーズ王国やMY SOUND等のネットで活動。高校時代、ビクターエンタテインメントより発売のトランスのコンピレーションCDに、REMIXで楽曲を数曲提供。バンドをやったり、作曲活動やレコーディング等のスキルを身に着け、学生時代を送る。

その後大学へ進学…..